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拝啓JR東日本社長殿ーー酒田駅のメロディーに岸洋子「希望」はいかがでしょうか。

酒田が生んだ不世出の名歌手岸洋子 彼女の歌を駅の発車メロディーに採用して、酒田観光促進に役立ててはいかがだろうか。 ① 岸 洋子 (きし ようこ、1935年 (昭和10年)5月23日ー1992年( 平成4年)12月11日 本名は小山 洋子(こやま ようこ) 酒田東高校卒業 東京芸術大学大学院声楽専攻科修了 ②「希望」藤田敏雄作詞 「希望という名のあなたをたずねて、遠い国へとまた汽車に乗る」はJR東日本にピッタリのメロディーだと思うが、いかが? ヒット曲 1964年:「夜明けの歌」 1965年:「恋心」 1970年:「希望」

拝啓、矢口市長殿 酒田観光に「災害コンセプト」の導入を!!

 酒田観光に関して、その発想を逆転して、 *災害観光のコンセプト導入 を推奨したい。 酒田を襲った 酒田大火について (sakata.lg.jp) +++++++++++++++ 報告書(1976 酒田大火) : 防災情報のページ - 内閣府 (bousai.go.jp) 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年3月 1976 酒田大火 報告書の概要 <概要>  1976(昭和51)年10月29日午後5時40分、酒田市繁華街の南西部から出た火が、雨の中市街を急速に東に燃え広がった。強風のため走り火や飛び火が頻発して消火活動がままならず、翌30日早朝、市内を流れる新井田川岸で消防車が風上上空に向け一斉放水して延焼を食い止め鎮火した。この火災による人的被害は、死者1名、重傷者10名、軽傷者993名、罹災者3,301名、物的被害は、住居の全壊967棟、焼損面積15.2ha、焼失区域22.5ha、焼損棟数1,774戸、被害総額は405億円であった。 <教訓>  1976(昭和51)年の酒田大火は、昭和戦後期の大火から数十年が経過し、都市大火の危険性への意識が薄まっていたころに発生した災害であり、都市大火の危険性について改めて認識させた災害といえる。火炎が商店街のアーケードを高速で走り、通りの両側の家屋に着火、延焼したため、復興計画の中で燃えないまちづくりと魅力ある商店街づくりを両立させる方法として、日本で初めてセットバック方式(通りに面した店舗の一階部分のみを道路から一定距離後退させ、二階以上部分で雨・風を防ぐようにする工法)が採用された。また、近代設備を備えた消防力が火災に圧倒されたため、大火後、防火貯水槽や消火栓の増設による消防水利の強化、高性能・機動力を備えた消防車両や人員の増強による消防力の強化が行われた。さらに、消防隊の命令伝達が困難に陥り、指揮命令が混乱したことを踏まえ、消防無線、指揮車等を含むハイテク通信システムの設備の導入、消防組織間の協調活動体制の整備等、非常時指揮・管理システムが強化されている。

酒田祭り2024とその由来

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  不思議なのは、本祭りが5月20日月曜日の平日に挙行されることである。なぜ、日曜日でないのか? なお、酒田祭り、その前身の「山王祭り」の由来に関しては、 酒田山王祭の由来 : あなたの知らない過去の酒田 (Forgotten Old Sakata) (exblog.jp) 0196.pdf (sakata.lg.jp) が良い読み物である。 以下は、酒田市HPからの転載。 酒田まつり―令和六年 荒波を乗り越えた 酒田の粋― 初夏の恒例のイベントである酒田まつりが、今年も開催されます。バラエティに富んだ山車行列、厳粛なセレモニーである「式台の儀」、今年度初開催となる「酒田歴史まつり」など、酒田っ子の「粋」と「意気」が結集する酒田まつりをぜひご覧ください。 ◆今年も「獅子パックン」を行います。ただし山車行列巡行コース上や市役所駐車場では行わず、位置を固定して行います。詳しくは下記を参照ください。 イベントなど 安全祈願祭 日時/5月15日(水曜)午後3時~ 場所/中町モール 神宿(とや)開き 期間/5月15日(水曜)~21日(火曜) 場所/【上神宿】ゲストハウス(御成町)【下神宿】愛宕神社(二番町) ◆16日(木曜)に鉾立神事が行われます。 宵祭り 日時/5月19日(日曜)午後4時~8時 場所/大通りステージ 内容/ステージイベントなど 本祭り 期日/5月20日(月曜) 【一般参加山車行列】 時間/午前10時~11時50分 場所/本町通り(市役所スタート)~大通り~寺町通り~112号線~本町通り(市役所ゴール) 内容/市民製作の山車や酒田大獅子などの巡行 【獅子パックン】 時間/午前9時15分ごろ~11時ごろ 場所/たくみ通り東端(赤獅子「桜」)、港タクシー付近(黒獅子「松」) 内容/子どもを獅子の口の中に入れて「噛むフリ」をします(獅子に噛まれた子は健康になるという言い伝えがあるようで、それに基づいて行われてきたものです) 注意/山車行列巡行コースに入る前の待機時間でパックンを行います。山車行列巡行コースに出た後は、原則パックンは行いません。 ◆希望者が多い場合、行列状態になることもあります。現場の職員の指示に従ってください。 【式台の儀】 時間/正午~午後1時 場所/大通りステージ周辺 内容/口上、獅子舞披露など 【渡御行列】 時間/午後1時~ 場所/中心...

背景、矢口明子市長殿ーー酒田市の魅力を伝える外国語HP、SNSを

  拝啓、矢口明子市長殿 *提案1:酒田市の魅力を伝える外国語HP、SNSの拡大 この数週間、欧米各国・中国・韓国・東南アジア各地の酒田に触れたサイトを探し求めましたが、残念ながら多くを発見できません。  提案2:外国人旅行客自身が制作した動画コンテストの発案 かって、ニセコがそうであったように、オーストラリア人同士の動画でニセコ情報が拡散して、今に至っています。二番煎じと言われようと、酒田市HPで公募型コンテストしてはどうでしょうか。  今後、英語のみならず、中国語や韓国語・タイ語などのHPを積極的に制作によって、海外観光客の招致に努め、観光客数の拡大の一助としていただきたい。 ただし、その時に重要なことは、酒田市自らがPRしたいのではなく、国内外から訪れた観光客自身が他の観光客へ推奨したい(「おすすめ度」)の高いアイテムを取りそろえることです。 なお、庄内空港への韓国からの空路開設に向けて、韓国の LCC 社に勝手に打診したことがあります。その回答の一つとして、韓国語版酒田観光HPやパンフレットの無さがありました。「韓国民、誰も知らないところに旅行しますか」と。PR不足を痛感しました。  なお、県庁を中心として県全体で東南アジア各地での観光キャンペーンを推奨します。特効薬はなく、一歩一歩、汗をかいていくしか方法はありません。

拝啓、矢口明子市長殿ーー酒田市中通り商店街振興案

 拝啓、矢口明子市長殿 *要望:酒田市中通り商店街振興案 に関して 酒田市中通り商店街のHPには、江戸時代の豪商として、有名な本間家のほかに、 鐙屋(あぶみや)や二木家などが知られていますが、 「このうち鐙屋は、井原西鶴の『日本永代蔵』に「北の国一番の米の買入、惣左衛門という名をしらざるはなし」と紹介される豪商であった。江戸時代中期の回船問屋は本町通りを中心に97軒、蔵には200万両分の物資が詰まっていたという。 激しい時代の流れの中でも伝統を守り続けている家としては、鍛冶町で鍛冶職を続けている池田多四郎家、中町で海産物を商う越島三郎治商店、500年前に滋賀県から来て本町で薬屋を開き、現在、中町三丁目にある伊庭屋(いばや)薬局の川島家、同じく三丁目の萬谷商店も江戸期からの瀬戸物店で、越前屋以外にも越中屋・越後屋・近江屋・美濃屋・加賀屋など、出身地の屋号を持つ商店が直接、あるいは一旦出店を開き、その後店を張るなどした例が多かったのは、その進取の風土を語っており、伝統の系譜は今なお脈打っている。」(酒田中通り商店街HP  中町り商店街の歴史 | 酒田中通り商店街振興組合 (sakata-nakadori.jp) とあります。  私自身の怠慢を棚に上げて、「酒田36人衆」の現在を調査しないままですが、この「酒田36人衆」を前面に打ち出して、酒田観光の目玉に作り上げられないかと提案します。つまり「酒田36人衆と北前船」キャンペーンです。 少なくとも、中通り商店街振興策の一つとして 「商売繁盛・家内安全:酒田36人衆スタンプラリーー酒田の魅力を新発見」 は企画なさっても良いのではないでしょうか。即身仏で知られている海向寺が終点ですので、家内安全もキーワードに含めても、罰は当たらないはずです。もう少し交通の便が良ければ孫酒造資料館も 訪れてみたい場所です。それに合わせて街づくりに着手していただきたい。 中通り商店街HPが誇る「 商店街の再編のため、アーケードが特徴的です。 ~セットバックとショッピングモール~」といくら声を大にしても、それは地元住民にもアッピール効果はないでしょう。その視点は中通り商店街ご自身の内向きのガラパゴス的発想の産物だからです。セットバックでショッピングに行くでしょうか、そしてそれを目指して国内外から観光客が押し寄せるでしょうか。賢明な矢口市長で...

拝啓、矢口明子市長殿ーー東北公益文科大学の公立化推進

 拝啓、矢口明子市長殿 今回の要望は、 *東北公益文科大学の公立化推進 です。 矢口明子市長殿ご自身が東北公益文科大学に奉職なさった時から、その長所と短所を鋭く分析なさっておいでであろうと愚考します。再言しません  もちろん長所は、大学の目指す道が「公益人養成」である宣言されていることです。このKey Wordは日本で唯一です、このユニークさ、そして独創性は高く評価してよいと思います。 、  ここで、現在の東北公益文科大学の研究発信力や人材養成力などの現時点での採点は、矢口市長が最も的確にできるはずですので、割愛します。    私が矢口市長へ提言したいのは、 1)「文系/理系」の壁を取っ払い、「文科」の看板を下ろして「東北公益大学」へと変貌することです。 ⇒日本の 大学で一般的に「自然科学と人文・社会科学」の二つのカテゴリーで学問分野を区別してきましたが、その限界は市長自身が良くご理解なさっている通りです。東北公益文科大学のような小規模大学では、積極的に「文系・理系」の壁を取り外し、「越境する仕組み」を導入してはいかがでしょうか。文理横断・融合という用語は格別に新しくはありませんが、九州大学共創学部HPにある「 複数の専門領域を結びつけて課題解決の知へとつなげる協働知創造」などの改革も大規模大学ならばいざ知らず、小規模の東北公益文科大学レベルの規模では必ずしも容易ではありません。  しかしながら、 文部科学省中央教育審議会が2022年6月以来、積極的に議論を重ねてきたように、 「STEAM(科学、技術、工学、芸術、数学)教育」とデータScience教育を必修化することは時代の流れでもあります。 2)公立化へ加速すること この点も、矢口市長にとって「釈迦の耳に念仏」でしょうから、多言は避けます。「 to pour new wine into old wineskins 」だとのみ、申し添えます。

酒田といえば

  その昔、西日本に育った私にとって、酒田が日本地図のどこに位置するかも知らなかった。唯一、中学校時代の社会の時間に、先生が *『 本間さまには及びもないが、せめてなりたや殿様に』 という戯歌を教えてくださったのを思い出す。  日本でも屈指の豪商が酒田にいたらしいとその戯歌はなんのために中学生に教える必要があったのかは記憶にない。江戸時代に資本主義の萌芽があったためとは、後日の付け焼刃の知識に過ぎない。あるいは大東亜戦争敗戦直後の農地解放で没落した地主の例であったかもしれない。