天和3年の酒田の人口は12604人 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 21, 2025 高橋義夫著『足軽目付犯科帳』中公新書、2005年によると、天和3年(1683)の①戸数ーー2251軒②人口ーー12604人であったという(5-6頁)。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
改訂版)明治天皇と酒田市在住の豪商・渡部作左衛門 11月 11, 2024 以下は、「「天下一の阿呆もしくは幸せ者」の話である。明治天皇に拝謁し、我が家を行在所として天皇にご利用いただく名誉に浴するためだけに、身上をつぶした男の話である。 参考資料 1, 「山形縣行幸記」(山形縣教育會/大正5年1月発行) 2,鈴木 敦史「明治十四年巡幸における奉迎準備と地域社会の対応 ―山形県を事例として 」『東海大学紀要海洋学部』第19巻、13-22頁、2021 ****************** 明治天皇の六大巡幸: ①明治5年(1872)の九州・西国、 ②同9年の東北・北海道、 ③同11年の北陸・東海道、 ④同13年の甲州・東山道、 ⑤同14年の山形・秋田・北海道、 ⑥同18年の山口・広島・岡山、合計6回 明治天皇(1852~1912)は日本各地の巡幸に多くの時を費やしている。明治14年(1881)、北海道・東北巡幸が行われた。 山形県には明治14年9月22日から10月3日まで滞在し県内各地を回った。巡幸の供奉員は北白川宮能久親王・左大臣有栖川宮熾仁親王、参議大隈重信、参議大木喬任、宮内卿徳大寺実則ら文武官員約320名余である。他に参議・黒田清隆、内務卿・松方正義以下20余名が先発官として先行し、さらに三島県令はじめ県官、巡査、人夫らを加え、総勢1000名以上の一大パレードであった 。 明治天皇は大元帥服の姿で丹塗馬車に南面して乗車し、徳大寺宮内卿が陪乗した。 酒田には9月25日に来臨なさった。行在所は本町の渡部作左衛門の邸宅であった。 本稿の筆者注釈: ① 渡辺作左衛門(天保6一明治16)。米相場で巨万の富を蓄える。 ②本町六丁目にあった廻船問屋尾関又兵衛の家屋敷を買収。また 亀ケ崎城の跡地を買収して牧場を経営。 尾関又兵衛は酒田港を拠点とした坂田一の海商であった。 ③行在所となった翌年の明治15年に、渡辺氏は破産。そして失意の内に、明治16年に死亡、 ①酒田では福島地方裁判所酒田支庁や琢成学校を視察し、行在所を務めた渡辺作左衛門には赤白縮緬、御紋付三ツ組銀盃などが下賜され、 有志者、郡吏、村吏、教員の方々にも下賜金が与えられた。(引用文献 酒田市『酒田市史 改訂版』) ②埼玉県 幸手宿 右馬之 助 町(現 幸手市中1丁目)の中村家に、 御紋付三ツ組銀盃が保管されている。しかし、同品かは不明。 ③明治14... 続きを読む
公立化を目指している東北公益文科大学へのお願い 1月 15, 2025 「2026年4月」の公立化を目指している東北公益文科大学。 山形県と大学、それに庄内地域の2市3町で構成する「公立大学法人設立準備委員会」が発足し、正式に動き出した。 機能強化の一貫で設置が予定されている国際系の新学部については、2025年3月ごろに文部科学省に認可申請する方針があると伝わる。 卑見ながら、何を今さらと言う思い。そして、山形で、しかも酒田・鶴岡における国際化とはなに? 県民にとって、市民にとって、さらには日本にとって、庄内地域における国際系学部新設の理由が見当たらない。基本的方向性を検討した東北公益大学の先生方の人事構成を見て、合点が行った。彼らの教員の都合のみで、改革案を練り上げている。つまり「生首は切れない」から。 これまでの通例であるが、現教員を生かさず殺さず存続させるには、衣替えが1番。私立の衣では学生募集が低調だから、財政的に安定し、学費が安くなり、官尊民卑の思潮の中で県立大学の衣を身に纏う事で、彼ら教員だけの身勝手な都合だけで、公立化を図るとすれば、それは余りにも身勝手、県民を蔑ろにし、侮辱した取り扱い。 誰が学長候補なのかを知りませんが、とにかくガラガラポンにして解体的出直しをして欲しい。 そして、学生が押し寄せる魅力ある学部構想を打ち出して欲しい。今のように、 現在の貧弱なスタッフの顔を見ながら、せめて学部や学科構想はやめて欲しい。そうでなければ、すぐに学生募集に行き詰まり、財政が破綻し、学内の士気は低下し、教員たちは定年退職の日のみを待ち続ける無力な集団を作り上げるだけである。 なお、 「酒田からニュージーランド」などの頓珍漢なスローガンを上げないでほしい。 続きを読む
矢口明子市長の公約を採点すれば? 3月 29, 2025 1)>> 各分野における担い手不足、小売店の閉鎖による「買い物弱者」の増加など、さまざまな問題の根底にある最大の原因は、急激な人口減少です。人口減少をできる限り緩やかにしながら、たとえ人口が減少したとしても豊かに安心して暮らせるまちにすることが、私の市政の目標です。 →これを総花的打ち上げ花火と言う。市長の前職である東北公益大学教授時代であれば、このような評論家的で、他人任せな表現で良いだろう。 →→大切なのは、何をやるか。優先順位の高いものから、何を市民に提示して、市民の協力を得ながら市政を推進するか。 2)>> 農林水産業を含め全ての産業が「稼ぐ力」を高めていく必要がありますが、特に、デジタル関連産業の集積とエネルギーを生かした地域振興、「外貨」を稼ぐ観光と輸出(移出)の促進 →日本全国の市町村でも、同様な文章を認める。 具体策がない。何をどこに、いくら、どのように予算を付ければ、どのような結果を生むのかを明示してほしい。 →→この文章を踏まえて、一年目の予算、2年目の予算配分の結果を、どのように評価なさったのかを公開してほしい。 3)>> 子育て・教育・医療・福祉・介護など、あらゆる面から安心して暮らせるまちづくりに取り組みます。中でも、公共交通の充実に力を入れます。 →市長就任の公約であればこそ、どのようにして、「公共交通の充実」がなされたのかを明示してほしい。 4)結論から言えば、矢口市長就任によって、何がどのように変わり、良い方向へと進んでいるのですか、 具体的な事例でご教示頂けないでしょうか。 むしろ、毎日の多忙な公務の中で、当初の意気込みが次第に消えつつあるのではないでしょうか。 1期目とて、目の前に折り返し点が来ます。議員さんとの間のhoneymoonも終わり、次第にギクシャクも生じるかもしれません。 ☆初志貫徹 何をするために市長選挙に出馬したのかを再度思い出してください。 ☆たかが市長、されど市長 市役所HPどこを探しても、矢口市長ならではの公約実現は見当たらない。 続きを読む
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