「2026年4月」の公立化を目指している東北公益文科大学。 山形県と大学、それに庄内地域の2市3町で構成する「公立大学法人設立準備委員会」が発足し、正式に動き出した。 機能強化の一貫で設置が予定されている国際系の新学部については、2025年3月ごろに文部科学省に認可申請する方針があると伝わる。 卑見ながら、何を今さらと言う思い。そして、山形で、しかも酒田・鶴岡における国際化とはなに? 県民にとって、市民にとって、さらには日本にとって、庄内地域における国際系学部新設の理由が見当たらない。基本的方向性を検討した東北公益大学の先生方の人事構成を見て、合点が行った。彼らの教員の都合のみで、改革案を練り上げている。つまり「生首は切れない」から。 これまでの通例であるが、現教員を生かさず殺さず存続させるには、衣替えが1番。私立の衣では学生募集が低調だから、財政的に安定し、学費が安くなり、官尊民卑の思潮の中で県立大学の衣を身に纏う事で、彼ら教員だけの身勝手な都合だけで、公立化を図るとすれば、それは余りにも身勝手、県民を蔑ろにし、侮辱した取り扱い。 誰が学長候補なのかを知りませんが、とにかくガラガラポンにして解体的出直しをして欲しい。 そして、学生が押し寄せる魅力ある学部構想を打ち出して欲しい。今のように、 現在の貧弱なスタッフの顔を見ながら、せめて学部や学科構想はやめて欲しい。そうでなければ、すぐに学生募集に行き詰まり、財政が破綻し、学内の士気は低下し、教員たちは定年退職の日のみを待ち続ける無力な集団を作り上げるだけである。 なお、 「酒田からニュージーランド」などの頓珍漢なスローガンを上げないでほしい。